「特定のものを指す名詞には the をつける」 → ダウト
英語の冠詞の the の使い方でよく間違えられるのだが、「特定のものを指す名詞には the をつける」のではない。
この勘違いに基づいて書かれた文章は、往々にして読み手に「その the のついた名詞が指しているものがどれなのかわからない」という混乱を生じさせる。どういうことか。今回はそれについて書いてみる。
参考元:
- 作者: 石田秀雄
- 出版社/メーカー: 大修館書店
- 発売日: 2002/03/01
- メディア: 単行本
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英語の冠詞の使い方について、非常に詳しく解説している。オススメ。
本記事はほぼこの本に基づいている。
この問題を解きほぐすには、「定性」と「特定性」という二つの概念について知ることが必須である。
定性(definiteness)と特定性(specificity)
定性
「定性」とは、問題となっている名詞の指示対象を「聞き手が」唯一的に同定しているはずだ、と「話し手が」考えているかどうかを表す概念である。話し手がそう考えているときは(定)、名詞に the がつき、そうでないときは(不定)、the はつかない。つまり、冠詞は情報を受ける側の情況で決まる。
以下の例を見てみよう。
- This is a book that I bought yesterday.
- This is the book that I bought yesterday.
前者は、「話し手である私が昨日本を買ったことを、聞き手は知らない。ゆえに聞き手は book を唯一的に同定可能でない」、と話し手が考えているきに使われる。つまり、聞き手にとって新しい事実を表現している文である。よって、"This is a book." だけでは情報量が不足する文になる。
後者は、「話し手である私が昨日本を一冊買った、という情報を聞き手は既に知っていて、ゆえに聞き手は book を唯一的に同定可能だ」、と話し手が考えているときに使われる。よって、"This is the book." だけでも場合によっては通じることになる。
「関係詞節の先行詞には必ず the をつける」と思っている人をたまに見かけるが、今説明した2つの例文からわかるように、それは誤りである。
別の例を見てみよう。
- Brazil is a country which is on the other side of the earth.
この例の a は、"Brazil is a big and beautiful country." という文の country に付いているのと同じ働きをする a である(「ブラジルという国の特徴を記述している文」)。
また、問題となっている名詞の指示対象を、聞き手が唯一的に同定できるはずだ、と話者が考えていても、上例のごとく、事物や出来事を記述的に描写し、新たな話題として聞き手に伝えようとするときは、the の使用は避けられる。
- You have got a terrible cold. (ひどいかぜをひいてしまったのですね。)
聞き手にとって唯一的に同定できることは、the を使う際の必要条件ではあるが、十分条件にはなっていないわけだ。
特定性
一方、「特定性」とは、問題となっている名詞が具体的に指している対象を話者が頭に思い浮かべているかどうかを表す概念である。聞き手とは関係のない概念であり、ゆえに定性とは独立である。
よって、「特定のものを指す名詞には the をつける」という説明は正しくない。例えば、話し手が本を一冊手にもって言う
- This is a book that I bought yesterday.
- This is the book that I bought yesterday.
では、上述したように、どちらの文も、話し手は特定の book (手に持っている一冊)を念頭に発言しているが、定冠詞、不定冠詞の両方を利用できるのである。
名詞の指示対象が特定かどうかは、文脈や動詞、時制などから判断される。また、特定性は、「冠詞に何をつけるべきか」という問題にはタッチしない(定性とは独立)。
以下の例では、名詞には常に不定冠詞 a(n) がついているが、名詞の指示対象は、特定の場合、非特定の場合の両方がある。
まとめ
名詞に the がつくか a がつくか、つまり冠詞のつけ方は、情報を受ける側の情況で決まる。
その名詞が指す対象が「特定のものであるかどうか」は、冠詞とは関係ない(特定のものかどうかは、状況次第である)。
*1:どちらの意味になるかは文脈による。